目に見えないから、理解できない。

人間って、目に見えないものは理解できないものなのかもしれません。
都合の良いものは理解しようとする、けれども、自分にとって不快だったり、都合が悪いものは理解しようとしない、目に見えないことを理由に知らないふりをする。

これは、例えば宗教への信仰などもそうかと思います。
付け加えて言っておきますが、あくまでもわたしは一宗教の信者ではなく、それこそご先祖さまには宗教的な役割を担っていた方もいるのですが、だからといって信心しているとかそういうものでもなく、ただ、見えない神様のようなお力が働いて物事が動いていくこともあるのではないかと感じてきたこともあります。
それを、宗教という名前がついた時に、みなさんそれぞれ信じたいものを信じるのは当然なのですが、どれもこれも似通ったものであって、結局は自分を通して神という世界を垣間見ようとする試みのように思えます。
それが悪いとか、いいとかをこの場で申したいのではありません。
目に見えないものに対する、扱いの話をしたいのです。

だから、世界の何処かで誰かが飢えで苦しんでいるとしたら、それは私やあなたが寄付を施さなかったからです、という、マザーテレサの言葉を思い浮かべると、どうしても私たちは自分たちの生活それ自身に忙しすぎて、本当はもっと働きかけなければならない世の中や人々があるというのに、見殺しにしているという状況だとも考えられるのです。
だからといって、私が自分でできる範囲の募金をいくらしたところで世界の全員を救えるわけではないけれど、少しでもそういうことに尽力する人が増えることが、世の中を変えていくのだということを、マザーテレサは訴えたかったのでしょう。

これまでわたしは目に見えない、化学物質と闘ってきました。
それはお医者ですら未だに完全にその存在を認めていない領域でもあります。
そのため、周囲の理解は得ることがなかなかできませんでした。
残念ながら、きっとこれからも例え患者が増えようが、科学が発展しようが、理解を得ることはそう容易ではないはずです。その実体験をお医者や、いわゆる権威のある方々がしているわけではないからです。
けれども、このような症状に苦しむ人が他にもいるはずだと思うんです。
我が家のようにひどく奮闘していなくとも、割とアトピー、喘息、花粉症、日光湿疹、蕁麻疹、食物アレルギー、ダニ、ホコリアレルギーの人なんてありふれています。
特に子ども達って、持病のない子って、今の小学生未満児ではどの程度の割合でいるのでしょうか?
身の回りを見る限りでは、3割いるかどうかなはずです。
お腹痛い、頭痛い、というような仮病のような不定愁訴は、案外、精神の問題などではないというのは、うちの長男を見ていてはっきりとわたしは確信していますが、医師というのはすぐに精神病、自律神経失調症と言います。わからないけれどわからないと言えないから、テキトーに病名付けているんでしょうね。

わたしが出来ることは、自分の子どもがまずそういった症状を発しないように、環境を整え、食を整え、そして例えわたしがいつ死んでしまったとしても困らないように本人にしっかりと教えていくことだと考え、現在実践しています。
それで毎日がほとんど手いっぱいです。
けれどもわたしは、自分自身が普通の人とは違って、息子たちのために尽力し、そのために普通の人には見ることができないような原因などが、状況や環境を総合的に頭で判断し、また、日々検証して健康状態をチェックしてきたことにより、たくさんのことがわかってきたと思っています。

わたしはこれまで正規の社員や職員として3か所の会社に勤めてきましたが、その度に、仕事を始めると同時に引継書を書き始めてきました。
それは、その時でなければ忘れてしまうことがあるので、辞めるときになって急に思い出せないこともあると考えた上で次の人が困らないようにという気持ちからでした、と言いたいところですが、実情は違います。
初めて就職した会社では、おそらく社長は半年でわたしと同期のどちらかのクビを切るつもりでいたという前提だったのですが、そのため社長は「引継書をいつも書いておくように。会社にとって従業員はお手伝いしてもらっている人だから、あなたが絶対に必要というわけではない。代わりはたくさんいるし、必要だと思ってもらわなければならない。」などと言っていたのですが、その会社で2年以上勤めている先輩は一人もいなかったのです。
職安に登録しておいたら、企業の方から声をかけてきたのですが、わたしに見る目がないことにがっかりしました。
それでも、それからというもの、常に転職しても異動となっても、引継書はすぐに用意できていました。
主婦となってパートをした時も同じでした。
この習慣はとても良いものだと、はじめの会社には唯一この点を感謝しています。

それで、わたしは自分の手帳にも色々とアレルギーの記録をして、経過を観察したりの日々を送ってきています。
自分の子どもたちは今やすっかり元気になれました。
食べ物とか環境って、そんなに影響するはずがないと思っている人が大半ですし、ちょっとわたしが一言言ったところで煙たがられるのが関の山なのですが、それでも言わずにいられないのは、少しでも誰かの病状が良くなって欲しいという願いと同時に、ほとんど誰にも認めてもらえないわたしを、誰かに認めてもらいたいのだろうと思いました。
アレルギーを抱えているママさんたちですら、半信半疑でしかないですからね。

ありとあらゆる病気に関する本も読んできました。
すると、病気には共通の悪いことがあるんですよね。これをしているから、病気になってしまうという、悪しき食習慣とか環境のようなものが。
けれどもその病状の現れ方が、アトピーであったり、喘息であったり、はたまた精神病であり、ガンなどの成人病だったり。腰痛や肩こり、視力などにも影響しているのは、体感済みです。

どうすればこのような不調は回復するとか、いつも体感してきました。
それをまた人に話すのも好きです。けれども、真剣に聞いてくれているかどうかは知りません。
もう、健康オタクもいいところです。

でも、人とお話しするときには断片ばかりで、全容を説明するのには講演会でも開かないと無理なんですよね。
だからわたしは、そのうち一冊の本にまとめて、まずは子どもたちに遺したいのと、世の中の少しでも多くの人にいつか理解してもらいたいなと考えるようになりました。

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